当サイトに関する事や、広く楽器・音楽に関わる事、身近な出来事などに対するつれづれなる想い事をしたためた「DESSIN(デッサン)のひとりごと」です。
【お願い】当欄執筆内容の著作性を損なう引用・転用をお断り致します。

●あとがきVOL.14
VOL.13(2011年1月〜)
VOL.12(2010年10月〜)
VOL.11(2008年1月〜)
VOL.10(2007年1月〜)
VOL.09(2006年1月〜)
VOL.08
(2005年7月〜)
VOL.07(2004年&2005年〜)
VOL.06(2003年12月総集編)
VOL.05(2003年10月〜)
VOL.04(2003年7月〜)
VOL.03(2003年1月〜)
VOL.02(2002年9月〜)
VOL.01(2002年オープニング)



2012年12月31日(MON
大晦日にして今年最後の‘大安吉日’更新です。

これまでを振り返れば、今年迎えた『YAMAKI解体新書』開設10周年と共に、念願となる『日本アコースティック・ギター文化の真の幕開け』たるを成し得た事で、意義ある区切りを迎えた様に思えます。

『YAMAKI解体新書』や『絃楽器解体眞論』、「寺平一幸」氏や「田原良平」氏しかり、恐らくは偏った思い入れを持たない“中立的な立ち位置たる傍観者”であったからこそ感じ得た事であり、進み得た結果であり、迎え得た区切り・節目であろうと思います。

大きな心残りは、黎明期の生き字引的重鎮・森平利男氏が他界されたことで、貴重な証言となる知識の連鎖が切れたことでしょうか。

過ぎ去りし未練ながら、来年以降は、気負わず、頑なにならず柔軟にしてノンビリ適当に、を心がけて意義ある実験を継続発信していこうと思います。

「ギターと考えるヒント/Vol.8:【最終話】究極への“共有語”」
「ギターと考えるヒント」もテーマがある様で無い様な・・・要はみんなで考えてみよう的なスタンスで始めたテーマながら、なにぶん勝手気ままな持論・見識ゆえ、あまり神経質にならずにご一読下さいネ。

昨年の大震災以来、自身の中では“日本人”への様々な想いが沸々とこみ上げる中、そうした想いと呼応するかの様に“新たなな感覚”を覚える事が度々ありました。

“神に試されている・・・”

越えるべき見えないハードルと神聖な領域というのは存在するかの様に、不思議な感覚を覚えると供に、そんな自身を言い聞かせるかの様にいつしか何度も繰り返し呟いていました。

恐らくは、究極に修練される過程で体感しうる全ての人類が共感する“共有語”ではないかと勝手に想像しています。

そんな分岐点として、来年からは従来にはない新たな準備を始めます。さいわい前人未踏の獣道を歩くのにはだいぶ慣れました。

制約の多い中での地味〜ッな活動ながら、かつてない新たな扉を開く実践を想定した錬金作業ゆえ詳しい事は何一つ申し上げられません・・・“沈黙は金なり”です。

2002年に『YAMAKI解体新書』開設以来、10年目を迎えた2012年の暮れに、新たな節目を迎えるのも不思議な思いが致します。これまでをサブ・テーマの10年とすれば、2013年より新たなメイン・テーマへの幕開けと称しておきます。

何かに巻かれることも媚びることもなく、様々な実験のもと勝手気ままに発信して参りましたが、今あらためて自身の座右の銘とする亡き坂下 拓氏の“モノで言わせる”言葉の重みを噛みしめております。

ギター職人が「100」の理屈を語らう愚かさより、研ぎ澄まされた音楽家が感銘する「1」を語らう方が、遙かに有意義である事を見越した、達観されたギター職人ならではの生粋な志、愚かさとは無縁のギター・クリエーターとしての見事なほどの魂の極みを思えばこそである。

さて、最後に・・・今年は、亡くなられた著名人が多かった様に思います。大震災以来の様々な負荷の蓄積が例年になく大きかったのかも知れません。

歳負うごとに抗い続けている自身ながら、来年以降は特にテーマを設けず、頑なにならず柔軟にしてノンビリ適当に、を心がけて参ります。

当欄にてお付き合い頂けました方々にとって、当欄が何かしら有意義な場であり得たなら幸いです。どうぞより良き新年をお迎え下さい。

2012年12月24日(MON
懸案の検体調査も全て終了し、目下校閲中の『GUITAR CHRONICLE OF JAPAN日本ギター編年史)』ですが、従来とは一線を引く区切りとなり、来年からは心機一転新たなスタートが切れそうです。

先日の出来事・・・某デパートのメインフロアーを通り過ぎる際、やけにカップルで賑わっているな〜、と思いきや宝飾コーナー・・・この時期ならではの久しく忘れかけていた光景に出会いました。

大小様々な画材を購入し、一旦売場に預けていたものを受け取り、さて、帰途の電車の中で何か足りない様な・・・小物画材の小袋らしきを手渡されないまま、受け取らずに来てしまったのが判明し、荷物係として付き添ったオヤジの面目丸つぶれで、娘には小言三昧。

結局、先方の落ち度ながら、商品を確認しなかった自身にも非があるので、翌日再度取りに伺う事にしたのですが、何と翌朝に電話があって自宅まで届けてくれると言う・・・な、な、何と親切な『●●堂』さん!

丁重に駅にて商品を受け取らせて頂きましたが、心和むクリスマス週間となりました。

さて、日本屈指のギター・クリエーター“田原良平”とは、自身の勝手な見立てに過ぎませんので、まずは余り敏感に反応せずにご一読下さいね。

少なくともアコギ・ブーム絶頂下にあって無名に近いマイナーな存在であった頃から比べれば一様に認知されつつあるのは、恐らくはうわべだけにせよこの分野も徐々に成熟する過程にあるのだろう。

自身は、田原良平氏の研究家でもなければ、専門サイトを立ち上げる程の熱狂者でもないですが、いかばかりかの理解者としての自負をもってしても皆目解らない田原ギターがあります。

その名も「HARDYハーディ)」

丁度「Jumbo(ジャンボ)」ブランドの終焉期に当たる1976(昭和51)年末に突如登場するブランドながら、それがJumboブランドを引き継ぐものか、どこかのOEMブランドか、試作品なのかさえ不明なもので、自身の脆弱な情報網ではお手上げである・・・。

田原良平氏こと田原楽器の不運は、工場新設という大掛かりな設備投資直後に第一次オイル・ショックの洗礼をもろに受けてしまった事にある。

以降、経営上やむなくではあるだろうが、あたかもトップ単板以上の中〜高級ギターを担うOEM生産工場と化し始める。

恐らくは生産的効率化の一環なのだろうが、それぞれの部材や資材が規格化され共有化されることで、やがて本来のJumboブランドそのものの魅力までもが失われ始めるのである。

加えて、Jumboブランド以前にはその価値意識すらほとんど無かった中〜高級ギターが、他社から続々と製造・販売され、同時にコピーを競い合う価値観一辺倒の流行という、もはや抗え切れぬほどのギター・マーケット環境の激変ぶりも見逃せないだろう。

HARDY(ハーディ)というブランド名には、当時の田原楽器の状況を偲べばこそ、田原良平氏の心情を込めた掛詞が込められているかの様に思われてならないのは、自身だけかも知れない・・・。

Hardy】丈夫な、強壮な・・・艱難(かんなん)・苦痛に耐えられる・・・

「ギターと考えるヒント/Vol.07:「幻」「神業」「伝説」」
ギターに関わる情報で・・・実は「幻」とか「神業」「伝説」などと称される言葉がいまだ一向に馴染めない。

「幻」の実態は、正確な事実が解らない裏返しに過ぎぬ事柄を逆手に都合良く利用しているかの様でもあり、「神業」「伝説」など、あたかも人間国宝たる超越した技能がごとくを喧伝しているかの様でもある。

それら言質を問われれば、果たして何を語らんやである。

実態としては、そのほとんどが得体の知れぬ“宣伝文句”“売り言葉”と化し、発信される側の裏に隠された私欲絡みや業界絡み、利益絡みが透けて見えてくるに付け、怪しいきな臭さを醸し出しています。

そんな愚かさを全て一蹴するがごとく、自身の座右の銘の一つとなる今は亡き坂下 拓氏の“モノで言わせる”が、ギター・クリエーターとしての見事なほどの魂の極みを物語っています。

自身の様々な実験の一部ながら、「幻」「伝説」「神業」など馴染めぬ以上、まずは対極にある「事実」に触れることである。

対峙するがごとく事実に触れ、あるがままの事実を活字化し積み重ねることで、次の事実への足がかりが出来上がる・・・それらがいずれ自身の構想の想いへと繋がり具現化すれば、あるがままのギター像がおのずと見えてくる。

『GUITAR CHRONICLE OF JAPAN(日本ギター編年史)』校閲のもと、「幻」「伝説」「神業」などの実態が一つ一つフォーカスされくっきりと見えてくる。

過去の“史実”とは、知るほどに“見栄えのよいメッキほど剥がれてくる”・・・正直な実感です。

そして、毎年恒例の懺悔となりますが、そんな自身の実験には馴染めぬ“不都合な真実”と映る側がけっして多くないことを今はただ祈るのみです・・・アーメン。

2012年12月2日(SUN
いよいよ12月に入り、今年は年末モードとも言えるイルミネーションが煌びやかに街角を彩っています。

そんな街角を、数日後にはウグイス嬢を乗せた選挙カーが右往左往し、街頭では威勢の良い選挙演説があちこちで繰り広げられるのみならず、ここ東京では都知事選もあり、とにもかくにも騒々しくも目まぐるしく、色んな意味で悩ましい二週間となりそうです。

大局的注目は、明治維新以来の革命組「橋本・石原」の票の行方しかない。大都市「大阪・東京」を現職で担ってきた両名の結党など歴史上二度と起こり得ないだろう。

いずれにせよ日本の未来を占う“象徴”となるであろう“浮動票”の意志の行方をしっかりと見届けたい・・・。

さて、エレキギターの呼称“ビザール”も大分定着した観があります。1960年代を中心とした、準スタンダード的な一風変わったマイナーなエレキギター・・・たぶん、そんな所でしょうか。

そんな国産ビザール・エレキギターに関しては、検体調査以外に関心もさほど無いのですが、希にインスパイアされる意外な出会いはあります。

例えば、新興楽器の「Pleasantプリザント)」。対象となるギターは、輸出モデルゆえ国内では見かける機会も無かっただけに、新たな驚きとともに新鮮かつ幸運な出会いと言えるでしょうね。

振り返れば、あたかもそれが“必然”であったかのごとく、あるいは“神に弄ばれている”かのごとく、数々の幸運なギターとの出会いがあればこそ、新たに芽生える好奇心とともに歩み続けるモチベーションたる原動力であった様にも思います。

自身の知り得るギターの世界など、ほんのちっぽけな一部に過ぎないのですから、楽しみは無尽蔵にあるのは間違いなさそうですが、それら全てが自身の琴線に触れる対象かというと別問題ですので、これからも幸運な出会いのみを期待しています。

大震災以来の自身を象徴する出来事がありますが、今年のしめくくりにでも触れてみようと思います。

先程来、遠くでパトカーと消防車らしきサイレンが鳴り響いています。ここ東京ではこごえる程の急な冷え込みが厳しく、年末であれば火災にはくれぐれも気を付けたいものです。

永らく景気が低迷すると、良からぬ火災も発生します。保険金目当ての“偽装火災”である。

巷で言われるのが“焼け太り”。社屋や機材の補償金のみならず、在庫ともなる製品を計画増産し、元来売れない製品を保険金目当てで換金するのである。あるいは、資材などは事前に隠蔽待避させ、火災消失した事にしたり・・・。

経営者側は、都合のよい解雇理由を盾に従業員を整理し、裏では焼け太った保険金で事業の再建を計画・・・いずれそんな二枚舌の大蛇や魑魅魍魎ごときケースが出てくるやも知れません。

来年は、巳年。であればなお一層のこと政界のみならず二枚舌の大蛇や魑魅魍魎を見定める前哨戦となる二週間、あるいは年末としたいものですね。

2012年11月18日(SUN
風邪のおかげで、この2週間いまいちな体調を微妙に引きずりつつも、はや11月も後半・・・。

振り返れば何かと思い通りにならぬもどかしい道のりの連続ながら、「点」がやがては「線」となるかのような発見とともに意義深いほどに、国産ギター検証の集大成ともなる検体調査も大詰めを迎えつつあります。

こう書くと何やら膨大な検体数を想像されるかも知れませんが、時代考証を含め対象となり得るギターとは、決して多い訳ではない。

むしろどこを切り取り検証するかの“見極め”が重要ポイントであったりします。

おかげで伏魔殿ともなるネットオークション等とは程良く距離を置きつつあるのは嬉しい限りです。

入念な追跡調査まで視野に入れれば、対象をまだ複数残していますので、こちらはもう少し楽しめそうです。

衆議院解散、総選挙・・・と、にわかに騒々しい年末になりそうですね。

国家を担う政党は代わるかも知れませんが、官僚は変わらない。この国の実態を占う根深い問題ながら、マスコミへの情報リークを含め、この国のシンクタンクは本当に狡猾にしてしたたかである。

いまや世論を形成するマスコミと官僚との利害が一致し続ける限りは、政治が介入するスキもない程ながら、その手強い手綱を操るのは・・・自民党や民主党の力量は検証済みながら、いずれの政党となるかで新たな日本の姿が見えてくる。

唯一の光明とも思える“第三局”の存在ながら、当然ながら情報を管理する官僚側は、仇成す“小沢バッシング”同様、情報と人脈を駆使し利害の共謀を画策するのだろう。

今頃は新たな共謀者を見定めつつマスコミの喜び飛びつく様々な情報リークをしたたかに準備しているに違いない・・・。

「ギターと考えるヒント/Vol.06:“血脈”と“ルーツ”」
自身の個人的感触に過ぎないが、検体調査からは言うに及ばず、当時のギター業界内での影響力という点でも、田原良平氏の“痕跡”となるものを実に多く感じます。

当時の状況を知り得ぬ自身としては、単純に客観的に分析せざるを得ない上での様々な感触ながら、他に発信される方がいない以上“本邦初”ともならざるを得ないが、この機会に少し触れておこうと思います。

自身の些末な検体調査ながら、田原良平氏が去った後の“原田荘一郎体制”下の“モーリス”には、その“血脈”はくすぶってはいるものの、飯田楽器、寺田楽器やその子会社と他社が製造参入するにつけ、拡散しながらも異なる方向を模索し始め、原田氏が去った後のモーリスは、もはや別物である。

さて、“田原ロジック”の影響ともなる“血脈”を色濃く感じるものは、他でもない“安間(ヤスマ)楽器”である。

得意の妄想を絡めての自論・見識ゆえ念のため前置きしておきますが、以下は自身の勝手気ままな感想ゆえの参考意見程度として、あまり敏感に反応せずご一読下さいネ。

“安間(YASUMA)ギター”といっても、戦後からの長きに渡る歴史がある。それ故に変貌を遂げる“分岐点”があるのです。

その分岐点とは、1967年に楽器組合の視察旅行で訪米された際、ひとり離れて見学・視察されたマーティン社からの影響・・・と思いがちではあるが、その後の製品を伺う限り、影響はさほど感じられない。

余談ではあるが、この1967(昭和42)年6月25日〜29日の5日間で行われた「シカゴ・ミュージック・ショー」(※後のNAMM SHOW)での安間氏の感想に「ブランドによって売上げの差が大きいのに驚いた。日本製品はまだ未熟なのをみせつけられ、がっかりした」と残している様に、その想いがマーティン社訪問という行動を取らせたのであろう。

このシカゴ・ミュージック・ショーには、楽器業界はじまって以来はじめてといってよいくらい大勢の業界人がアメリカ視察旅行にでかけたのである。

その流れとしては、同年4月、5月と欧米、北米からの楽器商視察団の訪日という流れを受けての交流も含まれているだろう。

あるいは、楽器商視察団の訪日を受けるほど、弦楽器を中心とした楽器業界の過去二年間の好調な業績たる勢いのなせる業かも知れないし、ソリッド・エレキの需要がかげりだした事へのマーケット調査も含まれていることだろう。

ヤマハに至っては、ケネディ・ラウンド交渉による関税引き下げの気運を見計らい、総力を上げての参加ともなっている。

その前後ともなる安間楽器に関しては、親会社的「春日楽器製造株式会社」(※以下、春日楽器)の影響なのか、当時のヤマハ初“フォーク・ギター”「FG」「ライトグリーン・ラベル」を追従するかの様に、「イエロー・ラベル」のフォーク・ギターを春日楽器と共にリリースするなど、その後も旧態依然の製品に留まっている。

・・・その真の分岐点となる接点は、田原“Jumbo”がコッス楽器からリリースされる際、田原“手工品”に対し、下位“廉価品”を供給する上下関係ゆえの1969(昭和44)年初頭頃の事だろう。

リリースに際し、コッス楽器から田原“Jumbo”のサンプル提供を受け、同等の下位廉価品を・・・という注文であったと想像しますが、その仲を取り持ったのが、カワセ楽器川瀬喜一郎氏ではないかと想像します。

無理難題の注文に安間公彦氏の出した答えは、田原“初期Morris”と“Jumbo”のハイブリッド仕様で、さしずめ安間氏流儀の“いいとこどり”であろろうか。

それまでの安間製品を伺う限り、その生い立ちを含め春日楽器の子会社的な立ち位置により、同様の“型”となるモールドを共有しあう共存関係か、自身の中では春日楽器に準ずる製品という評価でしかないが、そうしたしがらみ的古い殻を破り“新たな型”を起こしての“自立分岐点”ともなる初の製品であったと言えるのではないだろうか。

田原“Jumbo”リリースとほぼ同時期の1969(昭和44)年4月製造の検体は、田原ロジックを少々誤解されている。特にネック・ジョイント部に袴を・・・1960年代“鉄弦ギター”に見受けられる仕様でもあるが、田原ロジックを見誤っている。

トップ(響板)にドーミング構造ともなるべくテンションや、ジョイント部以降を若干落とし込む指板設計を計算せぬまま、うわべだけを真似た様な格好ですが、いずれ弦高が高く扱いずらい楽器になって・・・しまっている。

同年7月頃、ダイワ楽器から新たにリリースされた“K.Yasuma”ブランドも同じ仕様のままで“ウィークポイント”が露呈しています。

響板のドーミング構造を前提とするやや薄目の響板や、その構造に配慮した響板裏側へのセンター・ストリップ補強、極薄ピックガードの塗込みやライニング仕様など、田原ロジック特有の仕様を踏襲しているだけに少々残念であるばかりでなく、そのドーミング構造への見込み違いさえなければ・・・同価格帯ではダントツの仕上がりである。

ただし、安間氏が田原ロジックをより理解するともに、後に欠点を改め楽器としての品質と評価を高めてくゆその主な要因として、日本国内では競合しない輸出中心の供給事情や、ボディ製造以外では下請け完成品を導入していた製造工程も大きい様に思われます。

しかし、安間氏のギターへの想い、モチベーションともなる“ルーツ”を辿るなら、1967年に訪米視察された際の「日本製品はまだ未熟なのをみせつけられ、がっかりした」という想いに集約されるのかも知れません。

そうした想いがあればこそ、従来の量産化にある程度の限界を感じ、一線を置くようになったのも必然的である。

再評価の気運が高まりつつある安間公彦氏こと安間楽器ながら、自身からすれば田原“Jumbo”に準ずる妥当な評価という想いと共に、とにもかくにも“分岐点”的リリース以来の田原“Jumbo”的血統の姉妹品という位置づけに変わりはありません。

自身にしか書けぬ評価かも知れないし、あるいは“たわいごと”として一笑に付されるかもしれませんが、いずれにせよ今後はそれぞれの想いや評価のもと、あるべき姿に徐々に形作られていくことなることでしょう。

2012年10月7日(SUN
ひさびさの秋の“大安吉日”更新です。今年も残すところ3ヶ月を切り、今年の総括らしきが脳裏をよぎりますが、年末の空いた時間にでもノンビリ考えます。

ここ数年来、ネットオークションとの関わり方が大分変わりました。

入札を競い合っているのか、意図的に値をつり上げられているのか、かなり不透明になってしまったが故です。

今やネットオークションの“常識”なのでしょうが、追跡調査をしてみると複数のオークションIDを使い分けた様々な偽装入札の痕跡が伺えます。

他人に“なりすまし”思うがままに値をつり上げ、ほくそ笑んでいる二枚舌の大蛇や魑魅魍魎ごときが右往左往している伏魔殿ならぬネットオークション・・・さて、何かお心当たりはありますか?

以前は入札側のオークションID開示のもと素性を特定しやすかった側面も、オークション詐欺対策として個人情報を保護する一環か、一部非表示(伏せ字)導入以来、素性の特定がかなり困難になっている。

仮に詐欺的“意志”と“条件”を備えた出品側であれば、入札側の素性たる手の内がすべて見えている。反面、入札側はすべて手探り状態・・・どう考えても入札側に不利な状況ばかり。

オークション詐欺対策のハズが詐欺を助長し、主宰側は便乗する様につり上げられた利益を取り込もうとしている・・・ほんと、難儀なこっちゃ。

“偽装”入札のついでとなる“偽装”話しをもう一席。

“検体調査”も大詰め。“論より証拠”たる“事実”を積み重ねていく上での重要な調査とはいえ、ギターの路すがら希に二枚舌の大蛇の尻尾を踏んでしまう事もありますが、かねてより興味深い尻尾を掴んでみました。

戦前昭和期の楽器産業界のいわゆる“舶来ギター商法”たる偽装蔓延の氷山の一角を報じてきましたが、「ギターの歴史」にしかと向き合おうとするなら避けては通れぬ路ゆえ“前人未踏の獣道”を一人飄々(ひょうひょう)と歩いております。

後に続く同志・同胞たちとて、いずれは自身と同じ景色を眺める事になるのだろうが・・・そこに関わる当事者たちもご高齢なれば、貴重な史実をあの世にまで持っていかれるおつもりかも知れない・・・残された猶予は実はそう長くはない。

さて、かねてより着目していた戦前の二つの“ポーランド製”舶来ブランド・ギターの尻尾を掴みました。

結論から先に申し上げるなら、日本製“偽装品”でした。

1935(昭和10)年から自社生産を始めたとされる星野楽器店のオリジナル・ブランド「イバニヱズ・サルバドール」ギターの型録にあるモデルと特徴や装飾が変わらぬ事から、ポーランド製と称される両ブランドともに製造元は星野楽器店だろうか?

スペイン、ポーランドと当時の国際情勢を利用する所は、商社ならではの知恵と言えるだろうが、仮に語学堪能な“クリスチャン”であったなら、許されざる背徳行為に違いない・・・。

バイオリンやマンドリンという洋楽器の製造技術をベースに少量ながら始まっていたギター製造ながら、当時の日本の木工技術からすれば、本場スペインやイタリアの舶来ギターとて“遜色ない木工製品”と映っても何ら不思議ではない。

其の他種々の楽器に付きて見るに、之等の多くが概して手先を必要とするが故に、手工技術に長じたる本邦製造業者により生産せらるる製品は、何れも輸入品に遜色なし。」(『国産要覧/昭和9年』より一部引用)

鈴木ヴァイオリン製の高級ギターともなれば、当時の公務員の初任給以上の高価なものながら、普及品でさえその1/2〜1/3程の時代である。

それゆえ大恐慌以来、バイオリンは言うに及ばず、牽引役のマンドリンや大正琴の需要までもが急激に斜陽化する中、“古賀メロディー”と共に大流行と化す“ギター”で一儲けしようと画策した首謀者たる知恵物が、おそらくは名古屋洋楽器卸商組合の中枢にいたという事だろう。

いずれも事実は一つなれば、貴重な史実が墓に埋もれ闇に閉ざされてしまう前に、業界に身を寄せ“活字で“禄(ろく)を食(は)む側”の責務として、知的検証たる知識の連鎖を繋きとめて頂きたいものである。

もちろん“越後屋”をあぶり出すのではなく、貴重な業界史の知的検証者・探求者なればこそながら、残された猶予とてそう長くはない・・・。

「ギターと考えるヒント/Vol.05:「変革」と「変人」」
もう10年も前になるが・・・「民族の存亡、ひいては人類の存亡自体を問われているとされる21世紀元年」と触れたましたが、近年あちこちで火種がくすぶっています。

同時に「21世紀はミクロの世紀」と語られるがごとく、ミクロの技術革新が新たな変革をもたらす。スマートフォンに代表される「iPhone 5」発売もそんな一端かもしれません。

利便性を追求するのが携帯端末の宿命かも知れないが、便利なツールとは、それを悪用する側にとっても同じ事を意味する様に、トラブル・事件は後を絶たないほど、インターネット、携帯通信網は魑魅魍魎どもの伏魔殿と化している。

それをどう使うかをあたかも試されているかの様な「iPhone 5」とて、携帯すら持たない側からすれば、所詮は「退屈しのぎのオモチャ」にしか見えません・・・と一応強がっておきます。

そういえば、亡き立川談志師匠は“人生とは所詮は退屈しのぎ”と達観されておりましたが、ほんと奥の深いお言葉ですね。

迷える人間に与えられし所詮は退屈しのぎの人生、さて、どう楽しみましょうか・・・。

新たな「変革」をもたらす存在の常が「変人」である”というのは、自身の勝手な持論です。勝手ゆえあまり神経質にならずにご一読下さいネ。

ゆえに冒頭の「iPhone」の生みの親スティーブ・ジョブス氏も立派な「変人」であり、自身からすれば心を込めた誉め言葉です。

とは言え、言葉とは時に「薬」にも「毒」にもなる。「常識や既成概念の枠にとらわれない型破り」と言われればまんざらでもないだろうが、「変人」と呼ばれ気を良くされる方はそう多くはないだろう。

「大器晩成」と「知恵遅れ」が表裏一体の紙一重と同じ様に、「変人」と呼ばれる「常識や既成概念の枠にとらわれない型破り」な存在が、常に時代に新たな変革をもたらす。

そして、これら「変人」に共通する要素として、“狂おしいほどの情熱”つまりは“熱狂”するモチベーションを宿している。

ただし“熱狂”するだけの多くの「変人」は、いずれその身を焼き尽くしてしまうかも知れない。

社会的整合性、つまりは“常識”という社会との駆け引きの術をも知るしたたかな一部の「変人」のみが社会的成功を収めている様に思います。

才覚ある「変人」といえど、“常識”という社会的整合性なくして表舞台のスポットライトを浴びることは難しい。ゆえにアウトサイダー的「大器晩成型」に陥りやすくもあるが、自身はそんな不器用な「変人」の成功を願っております。

そして、残念ながら「変人」と呼ばれる「時代の寵児」が何故か少なくなった様にも思いますが・・・気のせいでしょうか?

2012年8月19日(SUN
本日、記念すべきけたたましい騒音に悩まされています。

夏の夜の丑三つ時というのに、記念すべき瞬間を一目見ようと現場には複数の見物客で賑わい・・・地下トンネル運行のための最終調整工事と共に、けたたましいクレーン車のエンジン音が遠慮無く朝まで続いております。

我が家から当たり前のように見えていた電車・・・通過音でその混み具合がわかったり、急に止まればラッシュか事故か気になったり・・・そんな長いお付き合いも昨日の運行をもって最後となりました。

長期工事にわたる騒音のもとサラリーマン稼業の疲労感を抱えつつ、水面下ではこれまでにない新たな実験&検証を行っているせいか、いつになく忙しなく新たなプレッシャーが芽生えつつあります。

計画はいたって順調ながら、その分当欄更新が後回しですが、何か意義ある“余談”にでもなれば幸いです。

さて、イギリス・オリンピック閉幕とともに終戦記念日を迎え、竹島、尖閣と戦後おざなりにしてきた問題がクローズアップされている。近隣の国力が増し、日本の国力が沈みつつある今日の現状を物語っている。

覚悟の伴わないおざなりな問題が山積したままの日本ですが、隣国には“怒ることのない日本人”と揶揄され、“かつての国力はない”と見透かされている。

“怒ることのない日本人”の怒りが、熱い最中「原発再稼動反対デモ」として繰り広げられている。原発賛成を押し殺した放送事業者たる民放各社は、そんな矛先を国民向け“ガス抜き”報道でかわそうとしている。

利益優先の放送事業者に過ぎない“マスコミの実態”を横目に、原発はどこに向かおうとしているのか・・・。

マスコミとねんごろに膠着したまま坂道を転がるままの戦前の日本の姿を垣間見るかの様ですが、目指すべき新たな利益配分の青写真たる社会を再構築する節目に来ていることだけは確かだ・・・。

「ギターと考えるヒント/Vol.04:楽器の本質“エレクトリック”」
ギターと考えるヒント」も第四話を迎え、当初想定の年末Vol.10で完結!という筋書きもかなり危ういです。まぁ、そもそもが余談ゆえノンビリ参ります。当テ7ーマ論もあくまで私観たる一考察ゆえあまり神経質にならずにご一読下さい。

すでにVol.02でも少々触れたことながら、今回は一般論的ロジック、いわゆるありきたりな既成の論点よりも、ご批判を覚悟のうえ敢えてシンプルかつ大胆に考察することで、前例のない楽器の本質たる新たな“エレクトリック”像を探ってみたい。

エレキギターは、圧倒的にソリッド系で占められる現状ですが、楽器である前に電気製品であるが故に、電気部品や電気付属品の依存度がかなり高い楽器です。

では、そんなソリッド系エレキギターの出力音たるトータルなサウンドを100とした場合、電気的性能はどの程度を担っているのだろうか。一般論からすれば真逆の逆算論である。

あくまで私観ながら、ピックアップとアンプでほぼ7割前後を依存しているのではないだろうか。昨今の傾向としては電気的パフォーマンスの進化と共にアンプへの依存率の方が圧倒的に高いですが、純然たる楽器的パフォーマンスは3割前後・・・と推察します。

つまり、エレキギターとは、3割前後のパフォーマンスを競い合っている楽器ゆえに、おそらくは工業製品としての完成度が自然淘汰たる篩(ふるい)にも成り得るのだろう。ストラトやレスポールがまさに適例だろう。

歴史的背景にはロック・ミュージックとともに大音量化され、より大きな舞台、よりビジュアル化されたミュージック・シーンという要素もあるだろうか。

3割前後のパフォーマンスを競い合っている楽器とは、楽器としてのブレ幅が少ない楽器を意味し、ゆえに多様な変化やチャレンジも導入し易い楽器と言えるだろう。

また、それがエレキギター最大のメリットであれば、そのメリットたるをどう引き出すかが問われている楽器とも言えるだろう。

エレキギターの開発・製造に拘わる側は、製品化されたり改良化されたギターに対し、その満足感をストレートに表明される方々が多いのも特徴的であり、アコースティックとはやや対照的でもあるのは興味深い傾向である。

電気的要素を除けば、わずかなブレ幅での開発や改良に満足しやすい楽器的土壌を無意識に表明しているかの様でもあるが、変化を受け入れやすい分、他製品との差を表明しないと個性が発揮しずら楽器とも言えるほど僅かなブレ幅でクオリティが拮抗しているというのが実情だろう。

さて、今回は少々乱暴?にも数ある要素をそぎ落とし、前例のない程にシンプルかつ大胆にエレキギター像について考察しましたが、その分、かえって本来の楽器的本質がフォーカスされ、これまで見えぬものが新たに見えてきた・・・かな?

そんなエレキギターも、日本に限らず過去の例を見ても3年を待たず消えてゆくモデルのギターが多々ある。組織力の大小に拘わらず“10年間”継続販売できるモデルがあれば、まちがいなく“本物”の類だろう。

そして、現・日本のギター産業界に10年間継続生産されているモデルが、果たしてどれだけ存在するだろうか。みなさん改めて一度検証してみて下さい。

それ程にギター産業界で“10年間”継続支持される存続意義は極めて大きい・・・月並みな表現ながら“継続は力なり”というよりも“継続こそが力なり”です。

ゆえに50年保証も100年保証も必要ないんです。“10年間”継続支持される“本物”の類のギターを製造し続けることが重要なんです。

ただし、20年後にアナログ系ギターが、主役の座にある保証はどこにもありません・・・。

2012年7月8日(SUN
大安吉日”更新です。

ぼちぼち『絃楽器解体眞論』の全貌をお知らせ致します。というのも全体像に必要不可欠な検体調査が、ついに2点を残すまでに至り、自身の構想に限りなく近づきつつあるがゆえのご報告です。

『絃楽器解体眞論』は、じつは当WEBサイト内に限ったテーマ論的“副題”であり継続予定ですが、構想となる本題は『GUITAR CHRONICLE OF JAPAN(ギター・クロニクル・オブ・ジャパン)』『日本ギター編年史』となります。

昭和期のギターの変遷を総括するもので、実質的な日本のギター全史と言っても過言ではないでしょう。

ギター製造に関連する全年表、販売目録、製造工場、卸売・小売商、貿易商、出版業、組合・協会・団体、商標・特許一覧、人物履歴となる業界名簿から企業社歴まで全て詳細に網羅するもので、これに時代の節目を飾るギターの検体調査情報が加わり、実質、他の追従を一切許さないであろう内容に仕上がりつつあります。

おそらく業界名簿に関しては個人情報ゆえ公開は叶わないでしょう。

GUITAR CHRONICLE OF JAPAN(日本ギター編年史)』の公開は未定です。電子書籍の様な形で配信するかも知れませんし、しないかも知れません。

重要なのは自身のために作った編纂的データベースという事と、『GUITAR CHRONICLE OF JAPAN(日本ギター編年史)』すら自身にとってはサブテーマに過ぎないという事です。

エレキギターのみならず、アコースティックギター史に必要不可欠な「寺平:Yamaki」、「田原:Jumbo」、そして「製造史」の完全制覇という自身の区切りをもって、更なるメインテーマが次なるターゲットとなります。

さて、テーマ論的“副題”であり継続予定の『絃楽器解体眞論』を含め、必要とあらば自身で調査を重ねてきたのが『ヤマキ解体新書』ですが、中には眉をひそめる様な視点・論点もあったかも知れません。

それでもネット上でタチの悪い洗礼を受けずに来れたのは幸いながら、その理由は今更ながら単純明快だ。

寺平ヤマキは元より田原ジャンボを含め様々なギターに関わる発信情報で、自身が何の利益にも関わらない中立的(非営利的)素人(非業界人)だからだろう。

つまり、ギターに関わる利益を巡る“競争相手”ではないから相手にもされない幸いな結果という事なのだろう。

こと活字業界たる出版界では寺平ヤマキ、田原ジャンボは、思惑があると思えるほどの扱いですが、同じ活字情報という点で“競争相手”と映るのかも知れない。 『GUITAR CHRONICLE OF JAPAN(日本ギター編年史)』を表明した今となっては尚更だろうか・・・。

ギターで利益を得る“立ち位置”ともなれば、状況も大分変わっていたであろうと思われるほど、昨今のネット上には魑魅魍魎ごとき情報が右往左往している。

謀略めいた足のすくい合いや自作自演めいた怪情報など、虚実・真贋さえも解らぬ謎めいた情報が大手を振って飛び交っている。

ギター業界も生き残るために必死なんだろうとは思いますが、“あるがまま”の楽器に対し、それを伝えるのが本当に難しそうな業界です。

“あるがまま”の楽器に対し、今は亡き坂下拓氏は、“モノで言わせる”志たる信念を貫いていた。ギター・クリエーターとして見事なほどの魂の極みゆえ、戯れ言ながら自身の座右の銘としたい・・・。

「ギターと考えるヒント/Vol.03:“空間認識能力”」
人様に何か学問を説けるほどのさしたる教養もないが、“書は人なり”という言葉を聞いたことはないだろうか。あるいは“字は体を表す”など何となく見覚え、聞き覚えがありそうな言葉ですね。

振り返れば、はるか10年前の2002年11月24日付け当欄『あとがき』で取り上げた「脳と資質のお話」。近年であれば、2011年10月23日付けの「ギターとデザイン考学/再燃?右脳と左脳」も含まれるだろうか。

では、何故そのような話題を取り上げるのかと言えば、ギターを製造するための方法論から音響学・構造学的分析、その他あらゆる形で情報提供される現在にあって、いまだ最も言及されにくい要素であり、製造界最大の弱点がゆえである。

アーヴィン・V・ソモギ氏の語る右脳・左脳論の本質を自身なりにより学術的に言及するなら“空間認識能力”である。

空間認識能力とは、物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する、右脳によってコントロールされている能力・・・。

小さい頃から書道もろくに習っていないのに、やたら苦もなくすらすらと綺麗な字を書く人がいたハズである。これこそが空間認識能力の高さであり、それを体現・表現出来るという、また別の高い能力を備えている固有の資質となるのである。

かって「ソモジ・ギターを真似たからと言って、誰しもがソモジ氏同等の資質が身に付くわけではない。」と申し上げましたが、言わんとしていることは遠からずである。

「右脳」「左脳」いずれも緻密な相互補間関係でありながらも、感性的「右脳」を優先するか、論理的「左脳」を優先するかで、着想的帰結が異なるのであろうと思います。

世界初の仮説となりますが、レオ・フェンダーの成功は、少年期に右目を失明され、“効き目”が必然的に左利き=“感性的「右脳」優先型”であったがゆえかも知れません・・・言うなれば感性型エンジニア。従来のエンジニアでは持ち得ない、必然的思考特性たる優れた“感性”を備えていたが故の成功である。

世界初の眉ツバ説ながら、あながち否定も出来ないことだろう。

蛇足ながら、タモリさんや昨年亡くなられた『刑事コロンボ』のピーター・フォーク氏など、こと芸能・音楽界ではレオ・フェンダー同様の“感性的「右脳」優先型”と思われる成功例がある。

さて、そんなレオ・フェンダーの成功の起点ともなる「テレキャスター」・・・そこから付随する様々なギターが派生し、“成功の原型”ともなったものながら、自身には少なからず“違和感”がある。

その決定的“違和感”とは、“ブリッジ・ポイント”であり、ギターにとって最も重要な“バランス・ポイント”、“レスポンス・ポイント”でもある。もちろん、現ブリッジ・ポイントゆえのフェンダー・サウンドとも言えますが。

その違和感たるバランスを矯正しようとすれば、必ずや何かしらの矯正形となるハズであり、楽器設計者であれば、フェンダーとは異なる帰結が必ずや生じるハズなのですが・・・。

ロジック云々を語る製作家たちでさえ、そうした違和感を覚える者は皆無が如く、半世紀を過ぎても今だなお何の躊躇いもなくひたすらコピー・モデルを作り続けています。

レオ・フェンダーなりの一帰結に過ぎぬ完成形への違和感も、世界中あまた存在するギター製作者たちをよそに、すでに自身なりに検証済みとはいえ、世界の“常識”から外れたつたない“違和感”と全世界から一笑に付されるのだろうか・・・。

2012年3月3日(SAT
本日、『YAMAKI解体新書』は「ひな祭り」公式開設より晴れて10周年を迎えての“記念更新”です。言うなればお決まりの予定更新。

よくもまぁ10年も・・・。されど10年・・・。

「YAMAKI」に限れば三年ほどで開設目的を達成済みですが、それ以外の“こだわり”があればこそ、ここまで継続出来たというのが本音でしょうか。いうなれば、以降今日までデッサン自身のこだわりたる“おまけ”の様なものかも知れません。

同志・同胞たちのギター・サイトの実情は全く解らないが、いまだ運営されている背景には、ブランド以外のそれぞれの何かしらの“こだわり”があればこそ、継続のモチベーションになっているのではないだろうか。

数々の実験を経て、ため込んだ宝石となる原石は多々あれど、リーマン・ショック、大震災と想定外の度重なる風雪に、前途は今だ銀世界ながら、日本の美しい春の足音とともに雪解けを待ちわびています。

面白いギターを入手。ブランド不詳のテレキャスター・シンライン・Type-2。テレキャスター・シリーズの中で、実は最も好みのギターながら、いまいちマイナーなギターである。

普通なら不詳で終わる所ですが・・・1977年頃より廉価版を担ったブランド「Bellwoodベルウッド)」「TE-340」と断定。発売元の菊地商会の商標ながら、「ベルウッド」の由来は、ベルブラス(真鍮)と木材との融合・・・と想像する様に、「TE-340」のフレットは何と真鍮製である。

さて、本来ならテレキャスター・シリーズの中でも完成度の高いシンライン・Type-2ながら、今ひとつ人気のない決定的な二つの“理由(わけ)”がある。その理由たる証明をいずれ実践してみたい。

「ギターと考えるヒント/Vol.02:“見えない一線”」
ギター製作側をそれほど熟知している訳ではないが、おおよそエレキギター(以下、エレキ)とアコースティックギター(以下、アコギ)に大別され、エレキは圧倒的にソリッド系が多い。それが現代音楽の傾向や嗜好性を反映した固定化されつつあるニーズなのでしょう。

1990年代からのアンプラグド流行とともにアコギが主流となり、以来、演奏する側も製造する側も、その需要に鞍替えされた方々が多いが、自身が以前から非常に興味を覚えるのは、製造する側である。

ギターを製造する側の音楽的嗜好性に起因するかの様に、エレキ派かアコギ派に分かれる様で、どちらに拘るかはギターを製造する側の個性や企業カラーにもなっている。

興味深い点は、エレキ派がアコギを、アコギ派がエレキをそれぞれ製造し始めてもうまくいかない様で、総じて過去の経緯を検証する限り、求められるエッセンスや嗜好性に伴う資質が異なる故か、成功例を見ないのは非常に興味を覚える点である。

もちろんコピー・レベルのギターを製造するのではれば遜色ない製品を仕上げるが、一様にそこまで止まりで、双方ともに熟練工たる“技術力”や“経験値”、いわゆる技術屋的付け焼き刃では到底越える事の出来ない“見えない一線”がある。

近年では、PRSがアコギを、テイラーがエレキに乗り出している。それらがどう評価・定着していくのか興味深くもあるが、遙か2003年3月16日の当欄『あとがき』で綴った「マーティンのジンクス」の再来となるのかどうか・・・両社共にその資質を問われている。

そして、自身の予想を付け加えるなら、両社ともにいずれ撤退する事になるだろう。

自身が知る限り、エレキ、アコギともに求めれる異なるエッセンスを嗅ぎ分け、さらに独自の融合・昇華の域にまで高められた方は、坂下拓氏をおいて他に知らないが、それだけに極めて希な“日本人たる才能”といっても過言ではない。

そんな類い希なる坂下氏の存在は、アメリカ・ギター産業界にとって新たな脅威以外の何ものでもなかった事だろう。

逆説的には、すでに才能の枯渇しつつある産業界ゆえ、国益を脅かすであろう新たな脅威とならぬ限りは、アメリカでもギター製造は可能という事だろう・・・。

【管理者宛に情報をお寄せ頂きました同志・同胞の皆様へ】
メール受信は出来ますが、送信ができない状況のまま数ヶ月・・・多忙に付き返信もままならず・・・ご容赦下さい。

2012年2月14日(TUE
大安吉日’更新で今年は幕を開けました。火曜日更新は“節目”であるがゆえの異例ながら、ぼちぼち『絃楽器解体眞論』はいつから始まるのか?とご不審の方々の問いには、「すでにもう始まっています」と言い訳がましくごまかそうかと・・・。

つまり『絃楽器解体眞論』は、当欄『あとがき』が独立継続する様なもので試験的に既に始まっている・・・というのが実情です。

当欄『あとがき』にかぎり『YAMAKI解体新書』であり『絃楽器解体眞論』でもある様な玉虫色の現状ではありますが、実験ばかり繰り返している始末ゆえ、まぁ、どうか気長にお付き合い下さい。

さて、ネット利用者にとって今や必要不可欠なツール「Google」は、“利益”に直結するゆえ、検索性を高めるネット専門業者まである様です。

Googleがらみの厄介事は、「Google」なりの検索ロジックが絡んでくるので、そこを熟知したサイト設計を心がければ、検索上位にランクされる様にもなる。

厄介事は他にもある。そんなサイト設計とは異なり、組織力という人海戦術で検索ランク操作が可能・・・つまり、当サイトも完全にターゲットされた懸念がある。

「Google」に限らず、ネット上には見えない、あるいは見えずらい“仕組まれた裏”が様々な形で存在する。便利なはずのネット情報ゆえ、その利便性を逆手に利用する二枚舌の大蛇や魑魅魍魎ごときが蠢き合っている。

そして、我々は知らぬ間にそんなネット情報と関わり合っているかも知れない。

「ギターと考えるヒント/Vol.01:創造する側の“立ち位置”」
正月休みに見たテレビCM「大人エレベーター」・・・北野武と妻夫木聡との問答が軽妙にして絶妙。照れくさそうに語る北野武が妙に心地よい。

妻夫木:才能とは?
北 野:どの仕事を選ぶかってのがわかる人が才能があると思うよ。

つまりは一流と称される人達はいずれも、自分の身の置き所たる“立ち位置”を心得ている人・・・なのでしょうか。

やや無理矢理新テーマに仕立てた観は否めませんが・・・アコースティックギターもエレキギターも、ギターを創造する側の今だ創りたい“姿・形”が一向に見えてこない・・・これが自身の正直な感想である。

フェンダー、ギブソン、あるいはマーティンはもとより、「ソモジ」「PRS」など、新たに支持される=“売れる”という価値優先の亜流品も同類支持されるが、“売れる”ギターばかり追い求めていると、創造する側は“王道”としてのコピー・ギターという自身の姿が見えぬ“裸の王様”になりかねない。

たとえば富士弦グレコの2012年版カタログを拝見すると、日本一の生産量を誇る企業のギターの内情は、王道たる“売れる”亜流ギターばかりである。

王道をはずさぬ手堅い経営術は、コピー脱却たるオリジナリティ開拓の道をウン十年も彷徨い周り廻った挙げ句、1969(昭和44)年12月9日以降の横内祐一郎体制たる振り出しの“富士弦”に戻った観さえある。

一方で新生ブランド「Elioth(エリオス)」「S507」など、S-S-HのダンカンPUに、更にはブリッジにピエゾまで内蔵され、多彩な音作りが可能なストラト系ギターが、なんど45,800円・・・これも新たな現実である。

自身が何故「田原良平」というギター・クリエーターに注目するかと言えば、勿論その卓越したギター設計思想とともに、創造する側の“志”たる“姿・形”に共感するのだろうと思います。

対して現アコースティックギターもエレキギターも、ギターを創造する側の今だ創りたい“志”たる“姿・形”が一向に見えてこないのは何故だろうか・・・確かにギターを製造するためのハードウェア的技術や経験を備え、ギターと称される製品を世に送り出してはいるが・・・。

一昨年末に総括したテーマ「ギターとブランディング」ではないが、“志”の表明が“姿・形”となって語りかけてくる製品は、残念ながら極めて少ない。逆説的には、王道に便乗して自己満足しているかの様な製品に満ちあふれている。

そして、歴史は繰り返されるがごとく、量産指向のメーカーほど、その“志”は“儲けるためのギター作り”と成らざるを得ないようである。

他人が蒔いた種を刈り取るばかりの・・・」とは、遙か2003年末の当欄『あとがき』で、「失敗しない秘訣と成功する秘訣」として特集を組んだものながら、ギター製造界の重鎮・椎野秀聡氏と自身の決定的違いは、『楽器製作においてコピーモデルを作ることを、私は決して恥ずかしいことだとは考えない』という見識の“差”と言えるかも知れない。

「楽器というものは如何なる大企業といえど、たった1人の覚醒者におよぶものは何一つ無いというのが楽器という創造物の面白い所以でもある・・・」とは、2005年5月29日付当欄『あとがき』の引用ながら、しかし、“怖い所以でもある”と言えるほど、相対的成熟期を迎えつつあるかの様な現状です。

創造する側の“立ち位置”という警鐘は鳴り止まぬまま、さて、これから更にどういう一歩を踏み出してゆくのか・・・あるいは安住の“裸の王様”だろうか・・・。

ちょうど10年前の本日、『YAMAKI解体新書』は難産のすえ産声を上げました。10年間・・・永きに渡りギター産業に寄せる想いたる“本質”を揺らぐことなく綴り続けてきた故、自身にとっての10年目の節目は、もはや“実験”ならぬ“実践”となるだろう。

そうした新たな“立ち位置”を視野に入れつつ、さて、自身もこれから更にどういう一歩を踏み出して行きますか・・・。


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